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お世話になります!
超久しぶりの更新デスネ~

その間ホントいろいろありましたです・・・地震とかね
あっと私は特に怪我もなく無事でしたよ!
ただ住んでるアパートがあちこちヒビや亀裂が入っておりまして
長くは住めないと思い難しいですが脱出をちょい考えてる次第です~

部屋の片づけもほぼ終わって一段落しましたのでブログの
更新も兼ねて4月14~16日の3日間の出来事を振り返りたいと思います。



~4月14日~
この日の夜は仕事から帰宅後自宅のアパートから
実家のマンションまで5Kmくらいの
距離にある実家で晩ご飯を食べておりました。
食後お茶を飲みながら毎週木曜21時からあっている
歴史考証の番組(歴史ヒストリア的な)を見ておりました。

時計の針が30分を過ぎたころドンッ!という感じで突如
大きな地震がきました。
コップに入れていたお茶が三日月を描くようにこぼれ落ち
その瞬間自分の頭の中では
「なんでなんの前触れもなくいきなり大きな揺れが来るんだ?」
という疑問の思考が退避行動という思考よりも強く勝っておりました。

急いで家族と共に一旦外へ避難しましたが私と父は
貴重品を取りにまた家に戻りそのあとはしばらく
駐車場おりその間友達から安否の電話や
こちらから北区に住んでいる祖父母の安否の電話を
掛けたりしていました。

その後余震があったものの停電も断水もなく
実家はさほど物が散乱しなかったこともあり14日の晩は
そのまま実家で過ごしました。



~4月15日~
ニュースや新聞では昨夜の地震の報道で一色になっており、
その時に益城町が震源地だと分かりかつ最も被害が
大きかったことを知りました。
熊本市東区の実家から益城町はそんなに遠くはないです。

その日は会社も休みになりたぶん物が散乱しているであろう
自宅アパートに朝から行き恐る恐る玄関の扉を開けましたが、
模型の作業部屋が散乱しているだけで
意外にそうでもない感じでだったので後片付けは後回しにして
休みということもありこの日はほぼ寝て過ごしておりました。

夕方母親を買い物のため近くのドラッグストアまで車で
連れて行った際に母が
「水とかお茶は準備しとかんでよかね?」
と聞きましたので
私は「あとは余震しかないやろうから買わなくていいよ」
と返し後でこの時の楽観的な行動を後悔しました。
(翌日水が全く手に入らず給水車からの配給を受けていた)



~4月16日~
この日の未明1時30分頃にドンッという衝撃と共に2度目の
地震が来ました。
実家で就寝中でしたが余震が続いていたせいかあまり
熟睡しておらずすぐに起き上がり揺れている最中にも関わらず
自分でも驚くぐらいの速さで退避行動をとっておりました。
起きた瞬間物が落ちる音やパリンッと食器が割れる
音がして2回目の地震の方が揺れが大きいように感じました。

急いで貴重品をバッグに詰めバイク用のヘルメットを片手に家族で
外へ避難し玄関を出た瞬間外は避難するマンションの住
人でいっぱいになりまた子供の泣き声というより悲鳴に近い声が
聞こえ砂煙が舞い辺りに微かにガスの臭いがするなど
一時騒然とした状況でした。

駐車場の車に家族4人で一時避難しておりましたが、
2時ごろ姉の勤め先の病院から入院している病棟の患者さんを
至急病棟から避難(脱出)させるので駆けつけれる職員は来てくださいと
連絡があり私も力になればと姉と共に
病院へ向かいました(実家から病院までは2kmと近い)。

病院に到着するとエレベーターが使えないこともあり職員が
患者をおんぶして階段を降りて次々と一階の外に
避難させておりました。まだ6,7階の患者が取り残されていると
聞き私と姉は階段を上って行き途中患者をおんぶしている職員や
医療機器を運ぶ職員とすれ違いさながら野戦病院のような
光景が広がっていました。

5階から先はスプリンクラーが作動したようでフロア一面
水浸しになっておりさらに天井から水がどんどん
滴り落ちてきてすぐにびしょ濡れになってしまうという状況でした。

6階の階段を上ろうとしたとき階段の壁の亀裂を見て
私はゾッとしました。その瞬間私の脳裏に
「もしこのまま病院が倒壊してしまったら自分達兄弟は二人とも
死んでしまうその場合残された両親はどうするんだ?」
と思い姉は職員だから仕事だから仕方ないと思いつつそのまま引き返し
姉を病院に残したまま実家の駐車場に戻り
そしてそのまま車中泊のまま過ごし朝方姉は家に戻ってきました。

朝方自宅のアパートに向かい途中倒壊していないか心配でしたが
いつも通り建っていることにほっとしましたが部屋の中は
全ての物がぐちゃぐちゃになっており作業部屋は蛍光灯の破片や
工具などが散乱して少し歩くのが危険な状態でした。
もちろん作りかけの原型などはバラバラになってしまい何処に
行ったという感じですかね・・・

現在は自分の住んでいる地区はインフラや店もほぼ復旧しており
あまり以前と遜色ない生活を送れておりますが道路一つ挟んだ
向こう側はまだまだという状態が続いております・・・






後片付けの最中に出てきました
ワンフェスのディーラーパスですね~

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また・・・出るよ!!







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2016.05.06 / Top↑
まとめ
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